大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成10年(行ケ)153号 判決

東京都品川区東品川2丁目2番20号

原告

日本軽金属株式会社

代表者代表取締役

増田祐孝

訴訟代理人弁理士

牛木理一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

足立光夫

内野雅子

廣田米男

小林和男

主文

特許庁が平成7年審判第8079号事件について平成10年3月31日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「冷蔵庫用コーナーパッキング」とする別添審決書の別紙第一記載の意匠(以下「本願意匠」という。)について、平成3年5月8日に意匠登録出願(平成3年意匠登録願第13059号)をしたところ、平成7年3月15日に拒絶査定を受けたので、同年4月20日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を平成7年審判第8079号事件として審理した結果、平成10年3月31日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年4月27日に原告に送達した。

2  審決の理由

別添審決書の理由の写しのとおりである。以下、審決と同様に、意匠登録第798437号及び第798440号の登録意匠を「意匠A」、意匠登録第730545号の類似第1号の意匠を「意匠B」という。

3  審決の取消事由

審決の理由のうち、本願意匠の認定及び原審における本願意匠の拒絶理由(2頁2行ないし3頁1行)は認め、請求人の主張の要旨(3頁2行ないし4頁下から2行)は、それが原告(請求人)の主張の大略であることは認め(ただし、その要約に誤りがある。)、「本願の意匠は、取付部を断面略「コ」の字状に形成し、その上面に断面略円形状に形成したガスケット部を設け、左右端部に1まわり径の小さいガスケット部を形成し、全体形状を、略「L」字状に形成している冷蔵庫用コーナーパッキングである」(4頁末行ないし5頁5行)ことは認め、その余は争う。

審決は、平成11年法律第51号による改正前の意匠法(以下、単に「意匠法」という。)3条2項の解釈を誤り、その結果、意匠A、Bは本願意匠と同一又は類似の物品の具象的な意匠であるのに同条項を適用するという誤りをおかし、また、意匠A、Bが周知の意匠ではないことを認めているにもかかわらず、同条項を適用するという誤りをおかし、更に、審理不尽の違法、創作容易性の判断の誤りをおかしたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  意匠法3条2項にいう「日本国内において広く知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合」とは、物品との関係を離れた抽象的なモチーフとしてのものでなければならない。ところが、意匠A、Bは、具象的な意匠そのものであって、抽象的モチーフといえるものではない。審決にいう意匠A、Bは、本願意匠との関係では、原則として同条項の適用を受けるものではない。

同一又は類似の物品間における創作性の有無は、意匠の類似の問題として解決すべきであって、それを更に拡張して、創作力の有無についてまで考えようとした審決は、意匠法3条2項の適用解釈を誤ったものである。

(2)ア  意匠公報の単なる閲覧公開では、意匠の形状は知られ得る状態にあるものにすぎないから、物品の異同にかかわらず、広く当業者が現実に引用意匠を知るに至ったとまでは認定できない。したがって、意匠AもBも、刊行物公知の意匠にすぎない。のみならず、意匠Aに係る2つの意匠公報はいずれも、平成2年10月25日に発行されたものであるから、本願意匠との関係では、その出願日よりも6か月ほど早いものにすぎず、これをもって現実に広く知られたものということはできない。

イ  審決は、「当業者とは関係のない国民一般に広く知られた形態とはいえないにしても、」として、意匠A、Bは公知の意匠ではあっても周知の意匠ではないことは認めているにもかかわらず、意匠法3条2項を適用したものであって、違法な判断である。

(3)ア  特許庁は、審査基準を発表し、日本国内に広く知られた形態とは、〈1〉ありふれた形状や模様に基づくものの場合、〈2〉自然物並びに有名な著作物及び建造物などの模倣の場合、〈3〉商慣行上の転用の場合のようなものをいうとして、ガイドラインを明示しておきながら、現実の審査においてはこれを全く無視し、創作容易の判断を自由な裁量によって行っていることを指摘した原告の主張に対し、審決は全く答えていない。審決には審理不尽の違法がある。

創作が容易かどうかの認定判断について、審査官による主観的な判断がされないようにするために、前記審査基準が客観的なガイドラインとして定められていることに関し、原告が、意匠法の制定にも関与した故江藤哲審判長が、「意匠法第3条第2項(創作の容易)について」(パテント昭和43年4月号25頁)において述べていることを引用したにもかかわらず、審決は全く答えていない。審決には審理不尽の違法がある。

イ  意匠A、Bがたとえ公知であったとしても、この2つの意匠を寄せ集めて本願意匠を創作するということは必ずしも容易なことではなく、意匠構成上、なお独自の創作力に基づいて創作しているものである。意匠というのは、物品全体のバランスとまとまりを考えて創作するものであるから、その場合に従来公知の意匠の一部を改変ないし補正して創作されることは、日常行われているところである。したがって、本願意匠について、公知の意匠を組み合わせて形成することに格別の創作を要するとはいえないとした審決の認定は、独断的である。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1、2の事実は認める。同3は争う。

2  被告の主張

(1)  特許庁の実務においては、意匠法3条2項の適用に当たって、物品の同一又は類似にかかわりなく、日本国内において広く知られた形状等を基準にして、当業者の立場からみた意匠の創作性を問題とする。抽象的なモチーフのみならず、具体的な物品の形状であっても、現実に当業者において広く知られた場合には、意匠法3条2項にいう広く知られた形状に該当するものである。

(2)ア  意匠公報は、一般公衆に知らせることを目的として、刊行頒布するものであり、更に、不特定多数の人の閲覧に供することを目的として、全国の公衆閲覧所等に頒布されるものである。この閲覧公開により、その意匠が、不特定多数の人に知られるだけでなく、当業者がこれを閲覧し、その意匠を知り得る状況に置かれ、現実にその意匠を認識することが可能となるから、意匠公報は、意匠法3条2項にいう広く知られたものとなり得る。また、意匠公報の1頁に掲載されているだけでも、当業者がその属する分野に関する意匠情報として、その内容を認識することは容易である。

そして、意匠Bの掲載されている意匠公報は、昭和63年4月30日に発行され、本願意匠の出願までに約3年を経過しているから、現実に広く知られたものということができる。

本願意匠は平成3年5月8日の出願に係るものであるのに対して、意匠Aに係る意匠公報の発行は平成2年10月25日であるので、意匠Aは、本願意匠の登録出願時点には公然知られた意匠となっている。また、意匠Aは原告の出願に係る公知の登録意匠である点から考えると、本願意匠の創作において、意匠Aの存在を十分に熟知していたと判断することができる。したがって、審決の認定判断は妥当であり、原告の主張は失当である。

イ  公知の意匠とは、公然知られた意匠という意味であり、当業者において広く知られていることを要すれば十分であって、これに関しては、上記アで述べたとおりである。広く知られたとは、形状等が単に知られているだけではなく、広く知られていることを要するが、日本国内に広く知られていることではなく、その意匠の属する分野において広く知られていることをもって十分なものと取り扱っている。

(3)ア  審査基準に対する原告の指摘については、審決取消事由の対象たる客体は本願意匠であるので、当該案件以外について求める原告の主張に対しては言及しないものである。また、論文に対して何ら答えていないとする点も、審決取消事由の対象となる客体は本願意匠であるので、当該案件以外について求める原告の主張については言及しないものである。

イ  本願意匠の意匠に係る物品の分野では、ガスケット部を種々の形状としたものが本願意匠の出願前からみられ、ガスケット部の形状を改変することは本願意匠の出願前から容易にされていることである。これらの事実から、本願意匠は、意匠Aのガスケット部を意匠Bのガスケット部に改変、すなわち、実質的には広く知られた意匠の一部分を単に広く知られた態様に置換した程度の改変にすぎず、容易にその意匠を創作できたものである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがなし。

第2  審決の取消事由について判断する。

1  まず、審決の取消事由の(2)について検討する。

(1)  審決は、「本願の意匠は・・・公知の意匠である登録意匠の一部を組み合わせることによって容易に創作することができた意匠」(5頁6行ないし9行)、「公知の登録意匠である・・・意匠Aのガスケット部を意匠Bのガスケット部に改変して形成したものであり、・・・公知の登録意匠の一部を組み合わせて形成することに格別の創作を要するとはいえない。してみると、上記の請求人の主張は、いずれも本願の意匠において、未だ特段の創作がなされているものとはいえないから採用することができない。」(5頁下から4行ないし6頁6行)としており、意匠A、Bを公知の意匠と認定した上で、本願意匠は、それらの一部を組み合わせることによって容易に意匠の創作をすることができたと判断していることは明らかである。ところが、審決は、これに続けて、「したがって、本願の意匠は、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状、模様、色彩又はこれらの結合に基づいて、容易に意匠の創作することができるものといわざるを得ない。」(6頁7行ないし11行)として、本願意匠が意匠法3条2項に該当するとの結論を導いている。

しかし、「公知の意匠」とは、被告も認めるとおり、意匠法3条1項1号にも用いられている文言である「公然知られた意匠」と同じ意味のものである。そして、不特定多数の人に知られ得る状態におかれている場合には、現実には知られていなくても「公然知られた意匠」であるから、それは、「日本国内において広く知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合」とは全く異なるものである。したがって、公知の意匠の一部を組み合わせることによって容易に創作をすることができた意匠であるとしても、そこから直ちに「その意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状、模様、色彩又はこれらの結合に基づいて、容易に意匠の創作することができるもの」ということはできない。なお、この点に関して、被告は、「公然知られた意匠」であれば、当然に当業者に広く知られている旨主張するようにも解されるけれども、不特定多数の人に知られ得る状態におかれている場合には、現実には知られていなくても「公然知られた意匠」なのであるから、それが当然に当業者に広く知られていることになるわけではなく、したがって、被告の主張は失当である。

しかるに、審決は、本願意匠が公知の意匠である意匠A、Bの一部を組み合わせることによって容易に意匠の創作をすることができたとの認定判断はしたものの、意匠A、Bが日本国内において広く知られているとの認定をしていないにもかかわらず、直ちに「本願の意匠は、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状、模様、色彩又はこれらの結合に基づいて、容易に意匠の創作することができるもの」との結論を導いたものであって、意匠法3条2項の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。

(2)  次に、意匠Aが日本国内において広く知られていたか否かについて検討する。

被告は、意匠公報は、全国の公衆閲覧所等に頒布されるものであり、閲覧公開により、その意匠が、不特定多数の人に知られるだけでなく、当業者がこれを閲覧し、その意匠を知り得る状況に置かれ、現実にその意匠を認識することが可能となるから、意匠公報は、意匠法3条2項にいう広く知られたものとなり得る旨主張する。しかし、意匠公報は、一般の新聞、雑誌とは異なり、多数の読者が発行される度に購入して閲読しているというものではないから、意匠公報が発行されたとしても、そこに掲載されている意匠が直ちに日本国内において広く知られたものとなるわけではなく、当業者等がこれを閲覧してこれを知り、その人数が多数となって、日本国内において広く知られるようになるためには、ある程度の期間が必要であるものといわざるをえない。ところが、意匠Aに係る意匠公報の発行は平成2年10月25日であって、本願意匠の出願時までには6か月あまりしか経っていないから、この期間内に多数の当業者等がこれを閲覧したと直ちに認めることはできない。したがって、意匠Aに係る意匠公報が平成2年10月25日に発行された事実をもってしても、意匠Aが日本国内において広く知られるようになっていたものと認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

被告は、意匠Aは原告の出願に係る公知の登録意匠である点から考えると、本願意匠の創作において、意匠Aの存在を十分に熟知していたと主張する。しかし、出願人である原告が意匠Aを熟知していることは、意匠Aが日本国内において広く知られたことの根拠とはならないから、被告の主張は、到底採用することができない。

(3)  以上のとおり、審決は、意匠Aが日本国内において広く知られているとの認定をしていないにもかかわらず、本願意匠は、上記意匠Aと意匠Bに基づいて容易に意匠の創作をすることができたという認定判断から、直ちに「本願の意匠は、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状、模様、色彩又はこれらの結合に基づいて、容易に意匠の創作することができるもの」として意匠法3条2項に該当するとの判断を導いた点において、同条項の解釈適用を誤ったものであるところ、意匠Aが日本国内において広く知られていることを認めるに足りる証拠もないのであるから、上記違法は審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

2  以上の事実によれば、審決は、その余について判断するまでもなく、取消しを免れない。

第3  よって、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成11年3月4日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

理由

本願の意匠は、平成3年5月8日の意匠登録出願であって、その意匠は、願書の記載及び願書に添付した図面の記載によれば、意匠に係る物品を「冷蔵庫用コーナーパッキング」とし、その形態を別紙第一に示すとおりとしたものである。

これに対し、原審において、「本願の意匠は登録意匠第798437号意匠及び同第798440号(意匠公報発行日、平成2年10月25日)の外周形状を登録意匠第730545号類似第1号意匠(意匠公報発行日、昭和63年4月30日)の意匠のものに改変したものに相当するものであり、これらの登録意匠は広く知られていたものと認められるので、そのような改変をなすことに関し困難性を認めることができない。」として、本願の意匠の出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状、模様、若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものであり、意匠法第3条第2項の規定に該当するとしたものである。

これに対して、請求人は、その請求の理由として要旨以下の通り主張した。

すなわち、本願の意匠は、出願意匠の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が、日本国内において広く知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合(広知=周知の形態)に基いて、容易に意匠の創作をすることができた(創作容易)ときである。そして、「当業者」とは、当該分野の通常の知識を有する者のことであり、「日本国内において広く知られた」とは、日本国という一国内において、一般の人々がよく知っていることであり、「広く知られた形態」とは、ありふれた形状や模様に基づくものの場合、自然物ならびに有名な著作物および建造物などの模倣の場合、商慣行上の転用の場合(非類似の物品間)であり、「創作が容易」とは、当業者の立場からの一種の価値判断である、との前提において、本願の意匠の拒絶理由について検討すると、意匠公報は、その発行部数や配布先は明らかではないが、各県庁所在地に配布されていることは認められるが、各意匠公報の中の各頁に掲載されている多数の形態(意匠)自体の一つ一つが、当業者とは関係のないわが国民一般に広く知られた形態といえるか否かであり、引用された3つの意匠公報にかかる意匠権者は、本願意匠と同じ出願人会社であるから、出願人会社内では知られていたとしても、わが国に広く知られていたといえない。してみると、意匠公報に掲載されている3つの登録意匠は、意匠法第3条第2項にいう周知の形態に該当するものであると認定したことは誤りといわねばならず、意匠登録第798437号及び第798440号の登録意匠(以下、意匠Aという)の形状部分を、意匠登録第730545号の類似第1号の意匠(以下、意匠Bという)のものに「改変」したことに困難性は認められないと認定したことは誤りといわねばならず、本願の意匠にかかる形態は、単なる改変といえるものではなく、十分に創作といえるものである、旨主張している。

そこで、本願の意匠について検討すると、本願の意匠は、取付部を断面略「コ」の字状に形成し、その上面に断面略円形状に形成したガスケット部を設け、左右端部に1まわり径の小さいガスケット部を形成し、全体形状を、略「L」字状に形成している冷蔵庫用コーナーパッキングである。

ところで、本願の意匠は、本願の出願前に請求人に係る公知の意匠である登録意匠の一部を組み合わせることによって容易に創作することができた意匠、すなわち、全体形状は意匠Aの形態をほとんどそのまま表して、ガスケット部は意匠Bの形態をほとんどそのまま表したまでのものを、「冷蔵庫用コーナーパッキング」としたものであり、請求人の主張するように、本願の意匠について独自の意匠の創作があったとはいえない。また、本願の意匠が、当業者とは関係のない国民一般に広く知られた形態といえないとしても、本願の意匠の出願前に公表されている請求人に係る公知の登録意匠である同一物品の意匠Aのガスケット部を意匠Bのガスケット部に改変して形成したものであり、意匠の創作という観点からみても、同一物品間において請求人に係る公知の登録意匠の一部を組み合わせて形成することに格別の創作を要するとはいえない。してみると、上記の請求人の主張は、いずれも本願の意匠において、未だ特段の創作がなされているものとはいえないから採用することができない。

したがって、本願の意匠は、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状、模様、色彩又はこれらの結合に基づいて、容易に意匠の創作することができるものといわざるを得ない。

そうして、本願の意匠は、意匠法第3条第2項に規定する意匠に該当するものであるから、意匠登録を受けることができない。

別紙第一 本願の意匠

意匠に係る物品冷蔵庫用コーナーパッキング

〈省略〉

意匠A

〈省略〉

意匠B

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例